2月9日(金)。学校を午前日課とし、本校教職員は、午後より、川北小学校で開催された道徳教育拡大校内研究会に出席してきました。
はじめに、1年生の道徳の授業を参観した後、参観した授業をもとに研究協議を行いました。
■指導助言された、北海道教育庁根室教育局義務教育指導班主査 菅原 巧氏は、来年度からスタートする「特別の教科 道徳」の授業のあり方について述べられました。
特に重要な点次の2つ。
①一面的な見方から、多面的・多角的な見方に発展させる。
②自分事として捉えさせる。
▼「一面的な見方」というのは、「一方的な見方」
「多面的な見方」というのは、「それぞれの立場に立った見方」
「多角的な見方」というのは、「感謝」「勇気」「誠実」「規律」など、様々な角度からの見方ということです。
▼このような見方を養っていくことが道徳の授業においてもっとも肝要だということです。
■特に授業の仕方については、「道徳科の授業では,特定の価値観を児童に押し付けたり,主体性をもたずに 言われるままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育の目指す方向の対極に あるものと言わなければならない。」(小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編)とされています。
▼これを克服するには、教師自身が自ら自己教育力の向上に努めるしかありません。
■道徳性を養うために行う道徳科における学習のポイントは次の4つです。
(1) 道徳的諸価値について理解する。
(2) 自己を見つめる。
(3) 物事を多面的・多角的に考える。
(4) 自己の生き方についての考えを深める。
▼教師自身にこれがあれば、道徳の授業で学習したことは、日常の生活で生かされていきます。しかし、教師自身にこれが無ければ、日常の生活に生かされることはありません。子どもがいくら一生懸命行おうとしても、教師にその評価がなければ、大抵の子は、やる気が起こらなくなるからです。
▼しかし、教師自身に向上心があれば、日常生活における子ども達の道徳的な行動を実感をもって褒め称えることができます。
▼これは、他の教科、特に国語においてもそうです。指導したことが、教師自ら行っているかということです。自ら生かしている教師の授業は、実に子どもにとって面白いものになります。必然性があるからです。
▼自らしていないことを、押しつけられることほど、やる気の生まれない物はありません。これは、大人であってもそうです。
■更に、子どもを「自立した個人として、また、国家・社会の形成者」として見る意識の変革こそ、大きな課題となります。
▼できない子を見たときに、子どもを馬鹿者扱いにするのは、もっての他です。教師の資質・能力の無さを自ら表明しているようなものです。
■この課題の克服のために、私たち教職員は更に、自己教育力を高めていかなければなりません。私たちの研修は、そのためにこそあるのです。
「子どもにとって最大の教育環境は、教師自身である」
とは、まさしく至言です。
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